まない雨はない。当たり前だ、だって自然現象なんだから。

 けれど、この瞳から零れ落ちる雨は、しばらく止まないだろう。

 そして私は今夜もまた、ページを捲り始める。


夜空の下──星と月の輝きを受け、指先がほんの少し、光ったような気がした。


 

 


お祭りの日


 今日はこの村に住み始めて、初めて見ることになる祭りの日だった。えーっと……なんちゃら祭、名前は忘れちゃった。

 娘と二人で見に行く約束をしていたので、仕事は前もって休みを貰っていた。久しぶりに外で目一杯遊べるということで、娘はこの日をとても楽しみにしていた。

私も、お祭りというのは本当に久しぶりで、実際は娘よりも楽しみにしていたのかもしれない。

広場に向かう途中で、何かの音が聞こえた。娘が「なんのおと?」と聞くと、たまたま通りかかった道化師(声で村長だって分かった)が「お祭りだよ」と答えた。とても楽しそうな声だった。

広場通りでは演奏楽団が太鼓や笛を奏でていた。どこまでも響き渡る澄み通った笛の音。大地を驚かせるような力強い太鼓の音。知らず、私の気持ちはとても高揚していたと思う。

演奏に合わせて踊る子供、大人、そして道化師に扮した誰かさん。みんな楽しそうに、手を叩きながら、歌いながら、くるくる回りながら笑っている。

そして、その光景を目の当たりにした娘も、花のような笑顔を咲かせて、嬉しそうに口を開けていた。今すぐにでも混ざりたいと主張するように、何度も私の顔と目の前の様子を交互に見ていた。

私が「行ってらっしゃい」と言うと、電光石火のように駆け出して行った。あの子、足速かったのね……驚いちゃった。

パレードの列に加わり、村の真ん中──広場へと向かう。そこにはなにか不思議なものがあった。なんて呼べばいいのか分からないけど、とにかく不思議なもの。

娘が「あれなに? あれなに?」と私の服を引っ張って言った。私は事前に何が行われるか聞いていたので、私は笑ってこう言った。

「さぁ、始まるよ」

瞬間──光輝く、魔法のような旋律が広がった。この世のものとは思えない綺麗なもの。綺麗すぎて、本当にそこにあるかどうなのか疑ってしまうような──まるで幻想みたいな情景が、あの場にあった。


そして我が子の笑顔が咲いた。


お祭り終わると、疲れてしまったのかすぐに私の背中で寝息を立ててしまった。寝かしつけて、私も寝る準備をして今というわけだ。明日も早いし、もうそろそろ寝ようと思う。

明日もまた、笑顔でありますように。


 

 


探し物の日


 今日はあの子に、探し物をする女の子の話をした。

大事なものを探し続ける女の子のお話。

誰もみたことない物を探し、知らない道を往く少女。見つける物、見る物全部を覚えながら旅をする少女。

あの子は私に聞いた。「どんな探しものなの?」私は答えた。「決して見つからないものよ」と。

ならばどうして女の子は探し続けるのか。なぜ旅する心が果てるまで、歩を進め続けるのか。

むむむ、と唸りながら一生懸命考えるあの子の顔は、見ていてとても愛らしかった。

けれど残念なことに、私もこの物語の結末を知らない。

この物語は幻想となってしまったから。

けれど、ハッピーエンドで終わっていればいいなと思う。それが、女の子が求め続けていた幻想だとしてもね。

考えているうちにいつの間にか寝る時間になってしまったので、「おやすみ」と挨拶をして寝床に潜り込んだ。今、私の隣では眉間に皺を寄せながら寝ている娘がいる。もしかしたら、夢の中でも女の子の探し物を考えているのかもしれないわね。

さてと、私もそろそろ寝ましょう。明日も朝は早いから。

明日もまた、笑顔でありますように。


 

 


夢の日


 星空の下、流れる星を目で追いながら、娘と二人でどこまでも遠くに行った。

 藍く蒼く染められた世界。私の袖を握っていた手は、いつの間にか離れていった。

 やがて夜が終わる。小さな音が聞こえたけれど、そこにはもう誰もいなかった。

 何か大切なことを、私は言った気がする。

 けれど、それを聞いてくれる人はもう隣にはいない。

 私の心だけが、この世界から飛び立てないような寂しい感覚だけが、やけにリアルだった。

 そんな夢を見た。

 夜中の変な時間に目が覚めてしまった。昼じゃないけど、まるで白昼夢。

やけにハッキリとした幻想を頭に残していくのだから、性質が悪いわ。

これからまた寝るっていうのも、なんだか変な感じ。うん、もう起きていようかな。二度寝は格好悪いし、もうすぐ娘を起こす時間だもの。

今日もまた、笑顔でありますように。


 

 


心の日


 今日は心をなくした女の子の話をした。何を言っても笑わないし、何を言っても怒らない。そんな女の子のお話。

その女の子は愛を知りたがっていたの。そのためには、心を取り戻さなくちゃいけなかった。

けれど、どれだけ心に水をやっても花を贈っても、新しい色を生み出すことはなく、心を取り戻すことはできない。

忘れたモノの名前はなんですか?

その子の代わりに、愛しい人が叫ぶ。呼びかける。

全てが透明になったその時に、紡がれた言葉が心から消え去って行く──最後に聞こえた言葉は、

「さようなら」

 そして、誰の目からも、その女の子は隠れてしまった。

 私が語り終えるまで、娘は一言も喋らなかった。私が本を閉じると、不思議そうに言うのだ。

「どうしてだれも、その子の手をにぎってあげなかったの? そうすれば、その子のいるところは分かるのに」と。

私は少し面喰いながらも、娘の小さな手をぎゅっと握る。「触れることが、怖いと思う人もいるのよ」とだけ言い、私のベッドに二人で寝ころんだ。

なんだか今日は、娘と一緒に寝たい気分だったのだ。隣で寝息を立てている愛娘の顔を見つめながら、私も今日は寝るとしよう。

明日もまた、笑顔でありますように。


 

 


魔女の話


 道のない道を往くお話。先なんて真っ暗で何も見えない。引き返すことはできない、片道切符の流浪の旅。

 震える我が子を抱きしめ、彼女は走る。止まるな。前へ前へ走り続けろ。そう何度も、彼女は念じた。

 愛する人を愛しただけだったのに、どうしてこうなってしまったのだろう。

 それこそ本当に、なぜ彼女が信じた世界は、彼女を助けるために奇跡を起こしてはくれなかったのか。

 夜空を見上げ、彼女は誓う。

 彼女が、彼女だけが守れるこの命と共に、生きて生きて生き続けて、真実の証明をしてみせると。

 誰かが彼女たちを魔女と呼び、その身を裁こうと十字架を揮ったとしても。

 彼女はこの温もりから、手を離しはしない。


 ──そんな懐かしい夢を見た。


 まだ、語るには早い夢を。

 夜は明けていないようだ。もう少しだけ、ここにある幸せを噛み締めながら夢の世界に旅発つとしよう。

明日もまた、笑顔でありますように。


 

 


罪の話


 今日は、十の罪によって離れてしまった、大切な誰かと、大切な誰かのお話。

 太陽が照らすときも、月が輝くときも、彼女はずっとずっと罪を背負っていた。

 彼女を愛する仲間たちは考えた。どうすれば、光に身を焦がす彼女を助けることができるのだろうか。自分たちがしてあげられることは何なのだろうかと。

 彼女の手を握った仲間たちは、歌い、踊り、壁となることを決めた。罪を共に背負うことで、彼女の負担を和らげようと、夜が明けるまで騒ぎ続けた。

 それを何度も繰り返したある日、彼女が手を離した。大きくて優しい両手を、深くなる夜の中に隠した。

 仲間たちは悲しんだ、嘆いた、力いっぱい彼女の名を叫んだ。

 けれど、仲間たちのどんな声も彼女には届かない。十の罪は、それほどまでに重いものだったのかと、仲間たちはその時気付いた。

 しかし、あの大きな掌を忘れず、仲間たちは再び彼女を探す旅に出る。

 またいつか、楽しく話せる日が来るようにと──

本を閉じると、娘はとても難しい表情をしていた。幼い子に読ませるには少し難しすぎたのかもしれない。

この子はまだ、罪と罰を知らないのだから。

「ちょっと難しかったわね」

 問い掛けると、ふるふる首を振る我が子は、それはそれはとても悲しい表情で言ったのだ。

「さよならは……つらいんだね」

 その一言がやけに私の心を熱く揺るがした。もしかしたら、もう娘は気付いていたのかもしれない。けれど、私にそれを確認する勇気は持ち合わせていなかった。

……そうね、とても辛いことよ。あなたが大人になったときに、もう一度考えてみればいいわ。さぁ、今日はもうおやすみなさい」

 小さな頭をぐしぐし撫でながら、私は遠くを見るようにして言った。

 我が子の純粋な瞳には何が映っているのだろう。何が映り込んでいるのだろう。それを見るのがほんの少しだけ、躊躇われた。それだけのこと。

「おやすみ、おかあさん」

「おやすみなさい」

明日もまた、笑顔でありますように。


 

 


未来の話


 いつかこれを見つける貴方に、物語を残します。いえ、もしかしたらとっくに気付いているのかもしれないわね。

 ここまで読んできた。ということは、貴方は既に何か違和感を抱いているはず。何も抱いていないのならば、何度でも読み返しなさい。

 始まりはどこで、終わりはどこなのか。

 物語というのはどこから視るかによって、様々な姿に変貌するのだから。

 そう、まるで魔法のように。

幻想のように。

 お願い。どうか見つけて。私の


 

 


 ここで物語は終わっている。最後に掠れたインクが記そうとしていた文字は、いったいなんだったのだろう。

 こればっかりは魔法でも解決できない。

 魔法は万能ではないと、此処に来てようやく知ったのだ。

「そういえば今日は人里でお祭りだっけ」

 家から視える眩い光が、これから何が始まるかを告げている。

……行くか」

 私は一人、人里へと向かう。小脇に抱えた物語に目を向けつつ、確かな足取りで進み始めた。


 まだ未来の物語は終わっちゃいない。

 

 そうだよね、──

 

writer:青時(from 影紡糸

 

 

 

 

 

これは、物語の中の物語。

何でもない、でも…大切な愛の唄。

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